初めて付き合った人は、路上に唾を吐く人だった。
しかも私と手を繋ぎながら。
付き合って初めてのデートで、唾吐いてた。
私はやめて、と言えなかった。なぜなら彼は(確か)4歳か5歳年上で、大学院生だった。
私と付き合ってから博士課程に進んでいたと記憶している。
今思えばこの時点でちょっとやばい人であった。私はまだ18歳で、非常に幼かった。
唾を吐く人との交際は11ヶ月続いた。
その人は潔癖症のようで、私とキスした後、足早に洗面台へ向かい、全力でうがいをし、時には歯磨きまでしていた。
その行為は私の自尊心を大きく削り取っていった。
ひとりで鴨川を泣いて歩いたこともあった。
私は傷つき、鈍くなった。もともと恋愛とかはさっぱり縁がなかったので、そもそも鈍くて、より一層鈍くなって、何も分からなくなった。
自分が誰かに大切にされても良いということが、最近ようやく分かってきた。
20歳前後の自分は、自分を否定してきそうな人を好きになったりしていた。
私のことを好きな人の気持ちは分からなかったが、嫌いな人の気持ちなら分かった。
それに固執してブンブン腕を振っていたら、何が正解か分からなくなってしまった。
今のパートナーと交際するようになったのも、実を言うとあんまりよく分かってない。
彼は「初めて会った時、この人は僕と付き合うべきだと思った」と言っているのだが、私はこの「初めて会った時」を全く覚えていないのだ。それではとても可哀想なので、「私もそうかも!」と言っているが、本当に全く記憶にない。
なんか顔が可愛いなぁ、と思ってたけど、いつ個別で認識したのか記憶にない。
気づいたら毎日連絡が来て、気づいたら告白され、気づいたら同棲していた。
5年も一緒にいると、色んな思い出ができて、だんだんと「この人とずっと一緒に暮らすんだろうな」と思うけど、なんかモヤモヤしたりもする。
彼は、良く言えば社交的で友達も多くて将来も安泰(多分)、悪く言えば強引で執着心が強くて気性も荒い。
同棲して5年目で、ようやくこの悪い部分が良くないなぁ、と思い始めた。
明らかにおかしい扱いを受けても、鈍った心が「彼が正しい」と判断していた。
しかし、怒ったら3日間口も聞かないし、自分が正しい行為をしていると思うと途端に強気になったりする。そんな相手と後何十年も一緒にいるのか…と思うと途方もない気分になる。
じゃあなんで一緒にいるの?と思うでしょう。
私はうつ病で大学にも行けずアルバイトも続かず、年金を貰うことで生活を賄っている。
もうすぐ28歳だ。実家はめちゃめちゃで、ひとり暮らしできるほどのお金もなくて、それでも良いから一緒にいたい、と言ってくれるのだ。
体重も彼より重くなって、ムダ毛の処理もしなくて、夕方まで寝てる私を可愛い可愛いと言ってくれるのだ。
これ以上のことを望むのは、できない気がしている。障害年金受給認定の紙を見て、「精神障害2級」という文字をなぞって、途方もない気持ちになった。
私に足りないのは「主体性」である。
恋愛において主体性が欠如していたと思う。恋愛だけではなく全てのことに対してでもある。
自分を濁りのない気持ちで好きでいてくれる人と、自分をトロフィーのように思っている人の区別もつかなかった。
自分が誰を好きで、誰にとっての特別になりたいのか、分からなかった。
もっと、もっと考えるべきだった。
言葉にできる気持ちより、言葉にできない、言葉にしなかった気持ちが、私を支える時がある。経験したことより、経験できなかったことの方が大切な気がする。
ある曲を聞くと、ある人を思い出す。
全てを開示してほしい今のパートナーに、隠している感情がある。
表に出ない全てを捧げたい。しかし、それは言わないから、大切なものとして頭の中の引き出しに閉まっておける。辛い時、その引き出しを開ければ、自分はこんな扱いを受けるような人間じゃないと思える。
その引き出しはきっと、夜の海の色をしているだろう。
自分が勝手に好きだった人を思い出してみる。
初恋は幼稚園の時で、日本人と韓国人のミックスな男の子で、バレンタインに家までチョコを持っていったの覚えている。その彼はとてもやさしく、お返しにスヌーピーのミラーをくれた。シュッとしててハンサムだった。
小3くらいの時は、サッカークラブに入っている女の子が好きだった。クラスでは一匹狼なクールな女の子だったけれど、なぜか私を気に入って、一緒に下校するときは肩を組んでいた。
アルバイト先の先輩は坂口健太郎に激似だったので、それだけで好きになってた。
自分が外見だけ褒められるの嫌がるくせに、自分も顔から好きになってる。地獄で焼かれろ。
パートナーの顔がとても好きで、ずっと誰かに似てるなぁと思ってたんだけど、つい先日分かりました。彼は加瀬亮に似ている。加瀬亮、私が唯一写真集を持っている男。
みんなそれぞれ生涯のパートナーと生きているのに、私だけ「え〜!加瀬亮に似てる〜!」と言っていて、やや恥。加瀬亮(加瀬亮ではない)が生涯を共にする人か、いつか答え合わせしたい。